「やり投げにおける二軸感覚」 

今泉 諭(群馬県立桐生工業高校教諭) 

 陸上競技の指導者でもあり、ご自身も現役選手としてご活躍中の、桐生工業高校教諭、今泉諭先生より「やり投げ」に関する二軸感覚について投稿をしていただきました。

はじめに

 私は、現在高校陸上部の顧問をする傍ら、やり投の現役選手として活動をしています。陸上競技歴は小学校高学年から、やり投を専門としてからは高校1年から続けていて、今年で14年目となりました。その間、たくさんの方々に助けられて、現在でも現役選手として活動できるのは感謝に耐えません。

 今回、小田先生から二軸動作と投運動に関するレポートをお願いしたいというお話をいただいたのですが、主観的解釈や発展途上なところもあるということをご了解していただければと思います。

世界レベルの投てき技術 

このテーマで話を進めるに当たって、大学時代に参加したやり投のコーチングクリニックのことをまず述べさせていただきたい。

平成6年9月に行われたクリニックは、元男子やり投世界記録保持者であるスティーブ・バックリー選手によるものだった。バックリー選手は、91m46の自己記録と世界を代表するやり投選手である。実際、私が高校時代、技術モデルとしていた選手がバックリー選手だったため、どのような技術が根本にあり、世界の主流となる投てき技術がどのようなものか明らかになるので楽しみにしていた。

バックリー選手の技術講義において、特に強調されて説明された技術がある。それは、身体を投げる側(Throwing Side :以下TS)と投げない側(Non Throwing Side :以下NTS)に分けて動きを考えるものであった。詳しく説明すると、@NTSTSをコントロールして運動すること、Aリリース時はNTSを回転させずに、投方向に対してできるだけ長く移動させる(Hip Strikeと表現)、B腰はひねらずに押し出す意識でリリースすることであった。

 

私は、今まで日本では聞いたことのない技術なので、理解に大変苦慮した。当時(現在でもそうであるかもしれないが)私が知る投運動の指導では、意識的に「ため」を重視するコーチングがほとんどであった。

やり投で説明すると、助走から投げ(リリース)に移行する際、クロスステップが用いられる。意識的な「ため」を用いた場合、リリース直前の3歩の動き(右投げの場合は左・右・左という脚の使い方、以後ラストクロス)では、リリース時に行われる左足接地の前段階である右足において膝を曲げて踏ん張る加重動作を作りだし、それを投方向へ脚の蹴り出し動作をすることでリリースする方法をいう。

実際、現在でもこの技術を活用している選手も多い。しかし、強い脚筋力が必要であり、ためによって生じる後傾姿勢から投射角とやりとの差で生ずる迎え角が大きくなり、記録が伸びない欠点もある。

実際に、バックリー選手が説明しているNTS中心のやり投技術では、投げ出されたやりの飛行は、上方に打ち出されたミサイルのような放物線を描くのではなく、地面と平行のままライナーに飛んでいくのが特徴である。バックリー選手曰く、やりがライナーに飛んでいく飛行形態こそ、最も飛距離を伸ばせる形態であると説明している。それは、やりは2m60と長く、空気抵抗を受けやすい形状であるため、揚力を生み出すには地面と平行に投げ出すのが最も有効であるためと考えられる。

 その後私は、NTS意識の技術や他の世界レベル選手の投運動を参考に世界の主流な投技術は何なのか考えるようになったが、思うような結論は出なかった。

くすぶっていた時期からの脱出

 大学卒業後、高校教員となった。ある日、部活動の陸上競技指導に関する情報収集のためホームページを検索していたところ、高野進氏(東海大学助教授)と小田伸午先生との対談記事を見つけた。その記事は、スプリント理論に関する内容であった。そのホームページこそ常歩秘宝館の前身である「なみあし良好」だったのである。そこで繰り広げられている内容は、まさに新しい運動理論と言っていいほどであった。

私は、藁をもすがる思いで今までの持ち続けたコーチングの疑問をぶつけてみた。その掲示板に書き込みしてはコメントをいただくという過程が日課となり、書き込みが増すごとに、常歩を投運動に生かすことはできないかと考えるようになっていった。

その後、常歩から二軸という軸形成による運動動作のテーマになっていったとき、前述のバックリー選手の投技術と二軸運動が合致したのである。

二軸からみた投運動

 現在、日本の陸上競技界は世界に席巻してきている。長距離はもちろん、末続選手の活躍から短距離界でも注目を浴びるようになった。しかし、フィールド競技、特に投てき競技においては、ハンマー投の室伏選手が活躍めざましいが、他種目では入賞できる選手がほとんどいない。

 世界との記録差を考えるにあたって、砲丸投における日本選手(17m63)と世界レベル選手(21m67)とのバイオメカニクスデータの分析結果を参考にしたい(『世界一流陸上競技者の技術』ベースボールマガジン社)。分析結果によると、力変動曲線における力のピークには大差がないこと、砲丸の移動距離が世界レベルの選手のほうが日本選手に比べて72cm長いことがあげられている。つまり、力自体には大差がないが、砲丸の移動距離を72cmだけ生み出す動きが日本人には欠けている。この動作が4mという世界との記録差になっているのではなかろうか。

また、リリース位置についても述べられている。世界レベルの選手ではリリース位置が砲丸の足止めよりも前方13cmの位置にあり、日本選手のそれは、逆に足止めよりも15cm手前にあるというものである。砲丸投においてリリースを足止め前方で行うには、試技を有効にするためにファウルをしないことが条件である。そのような動きをするには、どうすればいいのだろうか。

投運動における二軸感覚の身体的効果

  リリース時にNTS側を投てき方向へ押し出す動き。この動きにおける身体的効果は何であろうか。

並進運動から回転運動へ移行して投げるというのが、投運動の基本的な考え方である。しかし、その動きを実際に行うと、腰部や肩部などに発生するメカニカルストレスが多く発生しやすくなる。私はこの中心軸感覚の投運動は、身体に対して酷な投げ方であり、選手生命を縮める動きであると考える。

 二軸感覚で投運動を行うとどんなことが身体にあらわれるか。物体を投げるために必要な条件は、物体に対して「初速度」と「投方向」を与えることである。また、物体を遠くに飛ばすには、「より長い移動距離」×「より大きな力」を物体に加えることである。移動距離が安定していればコントロールがよくなり、力が大きければ初速度が高まる。

しかし、これはデータ上考えられることで、実際にこの条件を生みだす動きとして考えられるのは、物体を保持している腕の動き(手を振る)とリリース時の身体移動といえる。

バックリー選手のNTS意識に戻って考えてみると、リリース時、NTS側を投方向へ押し出す動きによって、TS側が伸張反射を起こし、その反動でTS側を前方に引き出す筋収縮が起こるのではないか考えられる。伸張反射は、意識的な動きよりも速く、伸張反射の鋭さは、筋肉を受動的に引き伸ばす速さに依存している。

このことから二軸感覚による投運動を説明すると、物体を持っていない側(NTS)の腕や体の半身を投方向へリードすること(前方への押し出し動作)によって、物体を持っている側(TS)の筋群に伸張反射が発生し、意識レベル以上の筋収縮が物体に加えることになるのではないかと考えられる。

この伸張反射で発生した身体後方への受動的な残しこそ、本来の「ため」動作考えるべきではなかろうか。

また、伸張反射を有効に引き出すためにも、意識的な予備動作は避けなければならない。

TS側の腕はNTSの移動によって受動的に残るため、意識的に身体後方へ引き出すような動作を行うとさらに過伸展の状況を生み出し、メカニカルストレスを避けるためにも注意が必要である。

やり投では、助走時からNTSを意識した助走を行い、ラストクロス(リリース3歩前)からは、NTSを投てき方向へ押し出す動きを意識することで、リリース時のTS側の伸張反射を生み出す動きになると考えられる。また、リリースの意識でも、NTS側の脚を突っ張る(膝を伸ばして接地する)のではなく、NTS側を投方向へ移動させるようなイメージが有効である。指導の現場では、リリース時におけるNTS側の脚接地は、膝を伸ばして突っ張って着地するという解釈がされている。しかし、意識的に脚を突っ張って着地を試みると、上半身が腰を支点にして前方へ倒れ(逆くの字)、リリースができなくなる。

実際に考えられるNTS側の脚の動きは、突っ張って接地しているのではなく、外から突っ張っているように見えるだけなのである。これは、軸を移動するイメージで接地するため、NTS側の膝を抜く(ゆるめる)動きから入ることで、結果的に地面反力を受けて膝が伸びる動作を突っ張って接地していると誤解されたのであろう。NTSをゆるめて接地して地面反力と同時にTS側の伸張反射でリリースされる動きこそ二軸感覚の投運動といえる。バックリー選手は、投げ出しのイメージを「やりにぶら下がるイメージを持つこと」と説明しているのも、地面反力と伸張反射からおこる動きと説明できる。また、現日本記録保持者である溝口和洋氏は、「やりの重さを感じる」必要性を示している。これもまたNTSを意識した動きから生じる伸張反射によってTS側が受動的に残った時に発生する感覚であろう。

二軸感覚をあらゆるスポーツに取り入れる

 伸張反射を生み出す二軸運動は、あらゆるスポーツのパフォーマンスを高めることができる可能性を秘めている。今回は投運動に関してではあるが、打運動や蹴る運動に関してもこの動きは活動できると考えられる。世界のやり投選手のクロストレーニング(複合練習)においては、ゴルフのスイング動作をオフシーズンに行う選手もいる。またバッティングやラケットスポーツにおいても、二軸感覚を用いて有効な伸張反射を生み出し、より高いスイングスピードを生み出すことになるであろう。新たな可能性を秘めた二軸理論であるといえる。


バックリー選手

ゼレズニー選手