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小田先生は、第3回世界陸上競技選手権大会(1991、東京)での一流選手の動作分析の報告書(世界一流スプリンターの技術:世界一流陸上競技者の技術、ベースボール・マガジン社)に注目されました。その中で、短距離走100m優勝者、カール・ルイス及び2位のリロイ・バレルと日本のトップレベルの井上悟、山下徹也選手等の走動作の比較がなされています。 その分析結果によれば、疾走速度と有意な相関があったのは、接地する直前からキック局面の中間地点までの脚の後方スイング速度のみであり、その他の引き付け(キックし終えた脚を折りたたむ動作)、もも上げ、振り出しの各速度は疾走速度とは関係がない、というものでした。これらの考察より、一般に我が国の陸上競技選手が練習時に用いているスプリント・ドリル(スプリントの正しい動きを覚えるための補助運動)の利用は再考すべきであると結んでいます。つまり、ももを意識して上げるドリル、ももを上げた後、意識して膝から下を振り出すドリル、支持脚の膝と足首の伸展動作を強調するドリル(膝と足首で蹴る動き)などは、考え直す必要があるとしています。 さて、先の報告書のデータによればカール・ルイスの後方スイング速度は日本選手に比べて倍近く速かったのです。そこで、小田先生はカール・ルイスの練習内容を調査しました。ところが彼は、後方スイング自体の動きの練習はしていなかったのです。さらに、ルイスのコーチであったトム・テレツ氏は、脚を意識して後方へ引き戻すと疾走速度があがらないと語ったのでした。 テレツコーチが日本で実施したスプリントのコーチングクリニックの資料によれば、彼が速く走るために強調したのは(1)脚を真下に踏みつける、(2)脚をターンオーバーさせる、という2点であったといいます。さらに、日本人スプリンターのどこがいけないのかという質問に対して、「とにかく日本人の脚はターンオーバーしていない」と語りました。 さて、脚をターンオーバーさせるというのはどういうことを言うのでしょう。ターンオーバーを説明するときに、テレツコーチは手を自転車のチェーンのようなひしゃげた形にぐるぐると回したそうです。それでは下の図を見てください。
これは、陸連の分析ビデオを小田先生が画像解析したものです。黒丸で示したのは脚の重心点を示します。これを見ると一目瞭然です。ルイス、バレル両選手の重心点の軌跡は平らになっていて、鋭く前方へ切り返されています。それに比べて井上、山下選手のそれは円形に近い型になっています。この原因は、実線で示された足先の軌跡を見ると明らかです。ルイス、バレル両選手のそれは最高点を通過後、急激に下方向へ移動しています。テレツコーチが語った、脚を真下に踏みつけるとはこの動きであると思われます。 彼らは、脚の後方スイング自体を意識するのではなく、遊脚の動きを操作することによって後方スイングの速度を上げていたわけです。彼らは足関節(足首の関節)を使って蹴る動作をしません。テレツコーチがいうように真下に踏むのです。疾走中のカール・ルイスの足首を使う角度範囲は約20度です。まさに、蹴らないとうイメージの動きなのです。 さて、それではどのようにすれば脚がターンオーバーし、蹴らない動きができるのでしょうか。この走法を小山田氏は以前から考えておられたようです。それが、「二直線走歩行」と言われるものです。 まず、一般的な走り方からみてみましょう。私たちは体育の授業などで走り方を学んできました。それは、しっかり地面を後ろへ蹴る、ももを高く上げる、腕を大きく前後に振る、というような内容です。このような走り方では、意識するしないに関わらず身体の中心に軸があります。当然、この軸は実際の構造物としてはありませんので感覚的なものです。軸感覚といったりします。 その軸を中心に左右の足と腕を互いに反対方向にねじりながら走るわけです。体幹の部分でいえば腰と肩を反対方向にねじっていることになります。この走り方をしますと、腰の動きによって足が体の内側へ振り出されますので、両足は直線に近いラインを踏んで進むことになります。私達は一般的なこの走歩行を「一直線走歩行」と呼んでいます。 この走り方は速いように感じますが、とてもエネルギーロスのある走法なのです。体幹をねじる力がすべて前進するエネルギーに還元されればいいのですが、実際には前方にねじった腰や肩は後方にねじり戻さなければならないわけです。ここで問題なのは、一方向へのねじりを止めないと反対方向にねじり戻すことができないことです。この止める局面において、脚の動きに無駄が生じ(足が流れるなど)、ターンオーバーも遅くなります。 一方、体幹をほとんどねじらない走法が「二直線走歩行」です。両足の立ち幅を骨盤幅に保ったまま両足が2直線の上をそれぞれ通過する走歩行です。実はこの走歩行は生まれながらの自然な身体操作ともいえるのです。幼児の歩き方、走り方を観察してください。体幹をねじっている子供はいないことに気づきます。5歳くらいまでは誰もが「二直線走歩行」をしています。ところが、脳が発達するとともに、身体に安定を求めるためか、また大人の走歩行を真似するためか、徐々に中心軸感覚の「一直線走歩行」になっていきます。 「一直線走歩行」はストライドは伸びますが先にのべたようにエネルギーロスも多いと思われます。一方、「二直線走歩行」はねじることによるロスも少ないと思われ、さらに足の前方への切り返しがスムーズになるのです。「二直線走歩行」は脚のターンオーバーを容易にするといえます。 さて、「二直線走歩行」に代表される体をねじらない身体操作によって合理的な運動が可能であることが分かってきました。私達は、次に「なんば」について検討しました。 以前から江戸時代末頃までの日本人は、現在のような歩き方をしていなかったと言われてきました。その歩き方や体の使い方を「なんば」または「なんばん」と言います。多くの方がさまざまな解釈をされていますが、一般に「なんば」は「右足が出るときに右手が出るというような普通とは逆の手足の動作」と理解されています。よって、歩くときも右足が出るときに右肩が出る、左足が出るときに左肩が出るというように左右の半身を繰り返すと捉えている方も多くおられます。 しかし、左右の半身を繰り返すというのは明らかに誤解です。そうではなく、「二直線歩行」と同様、体幹をねじることなく走歩行するのです。そして腕の振られ方を考察すると、それは肩甲骨の動きによって誘導されることがわかってきました。肩甲骨の動きによって走歩行でも様々な腕の動きが導かれます。そして、骨盤と肩甲骨の動きによって、ちょうど操り人形が体の左右から2本の糸で操られているような左右軸(感覚)が形成され合理的な身体操作が可能となります。 このように、骨盤や肩甲骨の動きによって左右軸を形成し、ねじることなく上体の四角形をほぼ保つ合理的な身体操作を私達は「常歩(なみあし)」としました。そして、検討を重ねると「常歩(なみあし)」は走歩行だけでなく様々な運動に応用できることがわかってきました。 また、ここでは取り上げませんでしたが、「常歩(なみあし)」による合理的運動では、股関節の動きや腸腰筋の働きも重要な要素とになります。これらの動きについては他のコーナーで詳細に取り扱っていきたいと思います。 ここでご紹介した「ターンオーバー」や「二直線走歩行」については、「身体運動における右と左」(小田伸午著、京都大学学術出版会)、「京大人気講義シリーズ 運動科学」(小田伸午著、丸善出版)、「コーチ論」(織田淳太郎著、光文社新書)をご一読ください。 |