常歩ウォーカー杉本明洋選手

下の文章は、「運動科学」(小田伸午著)の中の文章を改変したものです


 杉本選手が競歩を始めたのは、高校2年、初めての5000mWは約33分であった。競歩のルールの中に「両足が同時に地面から離れてはいけない」という項目があり、そのため、高校時代はなるべく足が地面の上に長く残るように、最後まで、とにかく地面を押していたという。(競歩では、「蹴る」ではなく「押す」という)。高校3年の5月に引退する頃には、5000mを23分18秒で歩くようになっていた。

 大学に入って再び歩き始めたが、1回生の頃は高校時代と全く同じ歩き方を続けていたらしい。主な記録は以下のようである。

  2000/9/23  10000mW  52'54"70(最下位)  西日本インカレ

  2000/10/9  5000mW   25'32"31          記録会

  2001/1/1   10000mW  50'16"28          元旦競歩大会

 彼の歩きに変化が出たのは、日本陸連の競歩合宿参加したときだった。トップレベルから初心者まで、様々な人が集まっていたという。姿勢について工夫しているうちに、後傾していた上半身を前傾姿勢にした結果、偶然にも地面を蹴らない歩きができたという。後ろの足が地面から早く離れるため、浮いている(両足が同時に地面から離れている)のではないかと心配したが、審判の人からはなにも言われなかった。しかもこの歩き方のほうが楽にスピードが出せたので、その歩き方を続けた。彼は、この歩きについて、「これが僕の中でのターンオーバーの始まりだった」と語っている。彼の歩きを知る審判の人からは、「全く違う歩き方になった」と言われた。そのころの記録は次のようなものだ。

  2001/3/30  10000mW    47'59"0       競歩合宿記録会

  2001/4/15  20kmW    1゚34'19"(12位) 全日本競歩大会

  2001/4/30  5000mW     22'46"07      記録会

杉本選手が小田先生と出会ったのは一回生が終わるころ、2回生の前期に小田先生の「運動科学」を受講している。意識の外で生じる伸張反射を生かすこと、すべて意識で解決しようとしないで、意識をはずことの重要性など、様々なことを学んだ。。8月、陸連競歩合宿に再び参加した。ここで陸連競歩部長の田上氏と出会い、呼吸のリズムを変えるよう指導を受けたことが、彼の飛躍的な変化のきっかけになった。近畿選手権大会では、大会新記録で優勝。全日本インカレでも10000mWで7位入賞を果たした。自己ベストを一気に4分近く更新し、関西学生記録も塗り替えた。1年間で11分も記録を縮めたことになる。

  2001/9/1   5000mW   21'23"85(1)  近畿選手権

  2001/9/30  10000mW  41'50"59(7位)  日本インカレ

 2回生後期の頃から定期的に田上氏の指導を受けるようになる。小田先生の講義から学んだ「主観と客観のずれ」などのおかげで、どんな指示を受けてもすぐに取り入れられたと振り返っている。3回生後半の記録は次の通りである。

  5000mW     19'56"4  (2002年日本ランキング2位)

  10000mW    40'38"86 (同4位) 

  20kmW    1゚25'06"  (同10位)

 彼は小田先生の運動理論について、

 僕という競技者をパソコンに例えるなら、運動科学の理論はOS(基本ソフト。例えば、WindowsやMacintoshなどのこと)にあたるだろう。僕はこのOSの上で技術と言う様々なソフトを動かしている。ハードウェアである僕の身体は、小柄で性能が良いとは言いにくい。しかしこれに運動科学というOSを搭載したことで、人の言っていることが、主観なのか、客観なのかの見分けもつくようになり、どんな技術でも自分の中に取り込むことができ、良い結果を生むことができている。運動科学というOSは、人であれば誰でも搭載できる。これを理解できれば、どんなスポーツの技術でも身につける可能性が広がる。運動科学では、それぞれの種目について具体的な技術を教えてくれるわけではない。マニュアルがあるわけでもない。それは自分で探さなければならない。しかし、新たな動き方を覚えようとするとき、それをスムースに取り入れることを運動科学の理論は可能にしてくれる。

と語っています。
 杉本選手は「運動科学」の中に、上記の内容の詳細を投稿しています。彼の文章を管理者が短くまとめさせていただきました。小田先生は彼について最後に次のように書かれています。

 原稿を持ってきてくれたS君と、年末の押し迫った静かな校舎で、いつものように、ひとしきり、競歩談義、二軸談義をしました。話だけでは済まなくなると、研究室前の長い廊下に出て、二人であれやこれや歩きながら話をしました。これもいつもの通りです。彼が持ってきてくれたビデオで、この二年間の競歩フォームの変遷みると一目瞭然でした。10秒間のピッチは、27歩から35歩に増加しています。重い感じのフォームから、軽やかなリズムに変身しています。骨盤の動きをみると、以前は、離地する最後まで骨盤を回すようにして押し切って、歩幅をかせごうとする意図が読み取れました。しかし、最近の動きでは、骨盤はほとんど動かず固定しているように見えます。これが、着地脚の股関節に前向きの力がかかっていることの証拠だと思いました。以前の腕振りは、脇が開いた、バランスをとる中心軸感覚でしたが、今は、腕を後ろから前に持ってゆくときに、脇がしまり、左右の二軸が形成されています。

別れ際に、来年は、どうするの。記録を狙って、もっともっとハードな練習をするの?と尋ねました。素晴らしい言葉が返ってきました。「この1年、歩くこと自体が自分にとって、大きな喜びなんだと明確に思えるようになったんです。歩けるだけで嬉しいんです。毎日、授業が終わった後、夜1人で練習していますが、歩きながら、本当に幸せなんです。この1年、この喜びを膨らませてゆくことが、そのまま記録の短縮と結びついていたと思うんです。来年も、この喜びをもっともっと大きくしてゆくことをやってゆこうと思います。先日、35kmを歩いたんですが、初めてその距離を最後まで楽しめたんです。本当にうれしかった。人がみたら、黙々と歩いているだけですから、何が楽しいんだろうって思うでしょうが、僕の中では楽しいんです。楽しめるときが一番伸びると思うんです」。

彼の穏やかな目が一瞬輝いた。

 杉本選手にこの後、さらにどのような身体的、感覚的変化があったのでしょうか。可能であれば、彼に「常歩秘宝館」への投稿をお願いしたいと思っています。ご期待ください。