二足歩行ロボットと常歩(なみあし)

上田 淳 (奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科・ロボティクス講座)

 京都大学S君(レポートコーナー、2003年6月)のロボット歩行に関して、常歩(なみあし)歩行に注目され研究に着手された、奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科・ロボティクス講座の上田淳先生より、二足歩行ロボットと常歩(なみあし)について、投稿していただきました。


 S君のレポートを拝見しました.率直な感想としましては,ロボットの歴史を含め,よく調べられている方のようですね.最初,学生ではなく同業者(?)では,と勘繰ってしまいました.(^^);;

 さて,人間が行なっている2足歩行は動安定に基づくものであり,停止すれば倒れてしまう=静安定ではない,ことはご存知の通りです.素早い運動を実現しようとすると,加速度を無視できなくなりますから,動的に考えざるを得なくなります.このとき,基本的に静的安定性は必要でありません.逆に,このようなときにも静的安定を保とうとすることは,結局運動がうまくゆかない=スピードが上がらないことにつながります.多足ロボットで静歩行はうまくいったからといってそのまま動歩行もうまくいく保証はないのも当然の話です.

 レポートの中では,6足から足を減らして2足に持っていこうとしたが途中でうまくいかなくなったと書かれています.つまり,その時点でやっと静歩行と動歩行の本質的違いに気づき,動歩行を実現するための1足ロボット(ホッピングロボット)の開発を始めた,という解釈ですね.

 6足(オハイオ州立大学のMcGhee教授らによるASV?)など多足ロボットの研究に触発されて1足ロボット(MIT,LEG Lab.のRaibert教授らによるホッピングロボット)が開発されたというのは確かのようです.しかし,6足ロボットについて言えば,そもそも動歩行を想定して作られたものではないと思います.彼らの目的は,2足歩行の実現(のための6足試作)でなく,荒野を自在に(安定に)歩くことのできる多足機構の開発にあったと思います.6足ともなると3足を上げてもまだ静安定です.それゆえ,不整地での安定性を重視した設計だったのでしょう.

 ホッピングロボットは1980年〜1985年あたりに盛んに開発されましたが,実は,それらの開発よりも早く,1980年には早稲田大学で2足歩行ロボット(残念ながら完全な動歩行は実現されず)が開発されています.さらに1981年に東大で世界初の2足動歩行が実現されました.これらの理論的背景となった倒立振子の制御(少し前に話題になった「セグウェイ」という乗り物をご存知ですか?タイヤが2つしかなく静安定ではないものの,制御で動的にバランスを取り自在に走ることができます)は1960年代にすでに研究されていますし,少なくともここまでには動安定の考え方は確立していたと思います.

 また,ホンダのアシモをはじめ,現在の2足歩行ロボットの多くはゼロモーメントポイント(ZMP)と呼ばれる概念を用いて動歩行を実現しているのですが,その基本アイデアは1972年に発表されています.実機の歩行は早稲田大学において1987年に実現されました.ZMPで動歩行を行うためには強力なモータを正確に制御する必要があるため,モータの性能やコンピュータの処理速度の関係上,確実な歩行を実現するにはさらに時間がかかっています.最近になってほぼ完成の域に達しつつあり,完成度の高い2足ロボットが次々に開発されています.

 運動科学の受講生の方には,ロボット工学の細かな歴史は興味の範囲外だと思います.ただ,静安定,動安定の考え方やそれらを用いた歩行については,想像されるよりもかなり早く理論的検討がされていたのだと思います.

 レポートの最後でホンダのアシモは「ぎこちない」と言われていますね.実は,上述のZMPによる動歩行は多くのロボットで採用されていますが,「こうすれば歩ける」という工学的な解決策に過ぎません.残念なことに人間の歩行原理との関連性は薄いのです.静的に安定でないロボットが転倒しないように常に制御(もちろん動的に)するため,生体には有り得ないような高性能のモータや演算装置が必要で,そのうえ人間の数倍のエネルギーを消費しています.しかも歩き方が人間らしくない(膝を曲げてそろそろ歩くように見える)となると,人間に習い,ロボットの歩行原理をもう一度見直したほうがよいのではないか?と思われてきます.高性能の2足歩行ロボットが次々に開発される今になって,改めて人間を知る必要性が出てきたわけです.

 常に転倒しないように制御している,という意味で現在の(ZMPによる)2足ロボットは不安定性を「利用して」歩いているわけではない,と思います.ところが,積極的に不安定性を利用する歩行があります.「受動歩行」と呼ばれる歩行では,倒れそうになる方向に足をつき,また倒れそうになると次の足をつく,という繰り返しで歩行を継続します.倒れようとする動き自体は不安定性によるものですが,足をつくことで別の状態に切り替わります.不安定な状態をタイミングよく切り替えてゆくと,全体として転倒せず歩くことができるのです.しかも全く制御する必要がないので,エネルギー効率は大変高いものになります.動力なしで坂道をトコトコ下るおもちゃを知っている方もいると思います.また,下り坂で体の力を抜き,体の動きに任せて楽に坂を下る経験をした方も多いでしょう.これらは受動歩行が原理と言われています.無動力で坂を下るロボットも作られています.

下記のHPをご参照ください。
http://tam.cornell.edu/~ruina/hplab/pdw.html

http://tam.cornell.edu/~ruina/hplab/downloads/movies/Steve_angle.mpg


 最近,この受動歩行を元に人間らしい歩行を作り出せるのではないか,と考えられています.これまでのように常に制御するのでなく,ある区間は体の自然な動きに任せて受動歩行を行い,ほんの少し制御を加える,というアプローチです.研究が始まったばかりなので,ロボットが実際に歩くのはまだまだ先のことだと思いますが....
私は,「常足(なみあし)」は受動歩行と関連があり,問題を解く鍵になるのではとにらんでいるのですが,これもこれからの研究課題です.


参考文献
>[1]日本ロボット学会誌,特集「2足歩行ロボット」, Vol.1, No.3, 1983.
>[2]日本ロボット学会誌,特集「歩行ロボット」, Vol.11, No.3, 1993.
>[3]日本ロボット学会誌,特集「ロコモーション」, Vol.20, No.3, 2002.
>[4]M. H. Raibert, Legged Robots That Balance, The MIT Press, 1986