常歩(なみあし)で歩く二足歩行ロボットの研究

上田 淳 (奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科・ロボティクス講座)

 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科ロボティクス講座では、常歩(なみあし)の特徴を応用したヒューマノイドの歩行に成功しました。上田先生より、その研究の内容をまとめていただきました。
 


■はじめに■

奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科ロボティクス講座では,人間の効率的な歩行動作を運動学的観点から明らかにし,その知見をヒューマノイドロボットの制御に応用しようとしています.ヒューマノイドを使用した研究の利点として,各関節の角度,速度,加速度や足首に加わる力およびトルク,体の傾斜角など,人間を直接計測しようとすると困難な各種のデータを簡単に取得できることが挙げられます.また,動作の再現性が大変高いので試行回数が少なくて済み,個人差に悩まされることも少なくなります.そのため,ヒューマノイドの研究で明らかになった知見を,逆に人間の運動解析に応用するといったアプローチも考えられます.

私たちの研究室では,ヒューマノイドロボットHRP−2(http://www.kawada.co.jp/ams/promet/)を導入する際,同時に人間の動作を参考にしたヒューマノイドの動作生成に関する研究を開始しました.その一貫として小田先生,木寺先生,小山田氏の協力の下,こちらのHPで議論されている「常歩」の運動解析を行いました.最近,「常歩」の特徴の1つを応用したヒューマノイドの歩行に成功しましたので,その結果を紹介します.なお,このヒューマノイドによる研究は白榮 健司君(博士前期課程修了,現本田技研工業)によるものです.

私たちの研究では,いわゆる体性感覚の話をほとんど取り上げていません.運動時の感覚は重要であると考えますが,曖昧さも含んでおり,1つの答えを見つけることが難しくなります.あくまで計測されたデータを元に議論を行い,定量的で客観的な評価を行うことを心がけています.


■体幹を捻らない歩行■

2003年5月に当講座で行った歩行実験(被験者:小田先生,木寺先生,小山田氏)では,通常歩行では腰と肩の位相差が約136°であるのに対し,「常歩」では腰と肩の位相差が約72°となり,相対的に腰と肩の捩れが小さくなっていることを確認しました.
ちなみに位相差が180°というのは腰と肩が完全に逆方向に回転することを指し,逆に位相差0°だと腰と肩を全く捻らないことになります.「なんば」の誤った理解とはこの位相差0°であることだと思いますが,実際「常歩」ではそのような単純な運動は行っていません.


■ヨー軸モーメントの発生■

通常歩行と「常歩」の違いが腰と肩の捻りにあるとすると,運動学的な違いは歩行中のヨー軸まわりのモーメントにあると推察されます.ヨー軸とは起立状態で足から頭を結ぶ方向のことで,ヨー軸まわりのモーメントとは体を右もしくは左方向に回転させる捻り力を指します.

歩行や走行は左右の足を交互に繰り出す運動ですから,その運動によってヨー軸回りのモーメントが発生します.このモーメントは体を左右に回転させようとするので,そのままにしておくと足裏が回転するように滑ってしまい,真っ直ぐ進むことができません.そこでこのモーメントを何らかの方法で補償することになります.

一般的なヨー軸モーメントの補償は体幹を捻って行います.上半身と下半身を逆方向に捻ることにより互いに逆方向のモーメントを発生し相殺します.そうすると足の裏にはヨー軸回りのモーメントは伝わらないので,足裏が回転するように滑る心配はなくなります.


■ヒューマノイドのヨー軸モーメント補償■

足裏で回転するような滑りが発生すると書きましたが,足裏には面積があるのである程度のモーメントまでは滑らずに耐えることができます.ヒューマノイドロボットでは,通常このモーメントに関して何も補償していません.腕を振ることで補償しようとする研究もありますが,それほど速く歩くことのできるヒューマノイドがあまりないこともあり,通常使用されていません.そもそも2足歩行ロボットの制御に使用されるZMP(ゼロモーメントポイント)の考え方にはこのヨー軸モーメントの補償は含まれていません.

ヒューマノイドロボットHRP−2の足裏は人間よりもかなり大きく,全面にゴムの滑り止めが貼られています.そのためヨー軸モーメントを考えずに動作させても,少々のモーメントであれば足裏で踏ん張ってしまうので問題にならないのです.しかし,より速く歩いたり走ったりしようとすれば問題になってくるのは明らかです.

逆に,足裏の面積が小さくなれば耐えられるモーメントは小さくなります.ハイヒールや竹馬の足のような面積の小さい足裏の場合は大きなモーメントに耐えられないので,単純に足裏で踏ん張るわけには行かなくなると思います.


■股関節外旋トルクによる常歩のヨー軸モーメント補償■

「常歩」では体幹を捻らないため,基本的に上記のように「足裏で踏ん張る」ことになります.2003年5月の実験で見られた「常歩」の特徴に以下のようなものがありました.

・接地足裏での重心位置が曲線状の軌道を描く
・歩隔(両足の間隔)が通常歩行に比べ広い

重心が曲線に移動する現象は,小田先生らの言われる「アウトエッジ感覚」と一致するのですが,これは足裏でモーメントに耐えている時の軌道と同じであることが分かりました.片足で立って支持脚回りに回転しようとすると,ちょうど同じような軌跡になります.つまり「常歩」では滑らないよう足裏全体で耐えていることになります.なお,このモーメントは腰から脚を通じて足裏に伝わっているため,その途中でも踏ん張る必要があります.それに対応する関節は股関節しかないため,「常歩」では股関節で発生する外旋(もしくは内旋)トルクが重要であるという仮説を立てることができます.

体幹を捻らずにモーメントを補償するもう1つの方法は歩隔を広げることです.体幹の中心軸から離れたところに足裏を接地すれば,足裏で受ける前後方向の力に中心軸からの距離を掛けたモーメントが中心軸に加わるので,結果的にモーメント補償になります.被験者実験で歩隔の拡大が確認できたことは,被験者の方々がこのモーメント補償法をまさに体得されていたからだと思います.

「常歩」でうまく歩くためには,グリップ力が高く足裏全体が接地するような履物を選び,歩隔を広めにする必要があると思います.昔はそういう履物しかなかったということでしょうか?


■「2軸」の運動は目ではわからない■

「常歩」では,左右の股関節付近が交互に回転軸となるような「2軸歩行」であるのに対し,通常歩行は体幹に回転軸を固定した「中心軸歩行」であると説明されます.では,本当に2軸で回転しているのか,その軸はどこにあるのか,ということを知りたくなります.

私たちの研究室では,人間の運動計測に3次元モーションキャプチャ装置というものを使用しています.これは体のあちこちにマーカと呼ばれる銀色のボールを貼り付け,その位置を被験者を取り囲むように配置されたカメラで撮影するものです.複数のカメラで撮影すると,それぞれのマーカの3次元位置(x,y,z)を計算できます.その位置の変化分を計算すれば,マーカの移動する速度も分かります.(もう一度変化分を計算すれば加速度も計算できるのですが,さすがに精度が低くなるため,別途加速度センサを体に付けています)各マーカの動きから体の動きを計算し,運動の解析を行う仕組みになっています.

さて,そのマーカの位置,速度などから,回転軸を求めるのは単純な幾何学の問題です.しかし,調べてみたところ,答えが求まらないことが分かりました.問題を簡単にするために,頭上から歩行している人を見下ろした2次元平面の運動で考えてみます.腰の運動に注目するとして,左右の腰(腸骨陵)にそれぞれ1つずつ,計2つのマーカの位置(x,y軸)と速度(x,y軸)が測定できるとします.ここで求めたいのは,回転軸の位置(x,y軸),速度(x,y軸),回転の角速度の計5つの量です.歩行をしているので回転軸自身にも速度があります.詳しい式は示しませんが,この仮定で式を立てると式の数は合計4つになります.ところが求めたい未知数が5つあるため,全てを一意に求めることができません.これは腰につけるマーカの数を増やしても同じです.骨盤自体は変形しないので,マーカを追加してもデータ量は実質増えないからです.

つまり,「中心軸」であろうと「2軸」であろうと,見かけ上同じ腰の運動ができてしまうことになります.私たちも「常歩」と通常歩行の動きを比較するビデオを紹介するのですが,ビデオではよくわからないね,と言われることが多くあります.どうしても,上体の揺れや歩隔の違いなど,一目で分かる点に注目されがちです.上記の結果はそれを裏付けるもので,目で見ると本当に分からないのです.

「常歩」の軸が本当に2軸あるのかは分かりませんでしたが,「2軸感覚」ではあるようです.足裏でヨー軸モーメントに耐えるためには,股関節でトルクを発生しなくてはなりませんから,この感覚は正しいと思います.しかし,外見上の区別が付かないため,他の人に伝授することは難しくなります.先生がお手本を見せても目では分かりませんから,生徒は困ってしまいます.一般的に,他の人に動きを教えるときにはこのような問題が避けられないと思います.そのため,その感覚を体得してもらうため,優秀なコーチは様々な工夫をされているのだと思います.


■常歩の工夫==腰回旋==■

ここまでは「常歩」と通常歩行の違いについて解説しました.「常歩」が何故良いか,という疑問に対して,まだ私たちも明確なデータを得られていません.しかし,その1つの候補が腰回旋の工夫です.体幹を捻らなければ,上で挙げた2つの方法でしかモーメント補償できないように思えたのですが,第3の方法として腰の回転をうまく使ってモーメント補償することが考えられます.これは,実験データを調べていた白榮君が見つけたものです.結果として,腰の回転でモーメントをある程度補償し,足裏で耐えるべきモーメントを減少させることができます.

通常,左足を支持脚に右足を前方に振り出す時,腰は左側が後方,右側が前方になる反時計回りに回転します.つまり,足と腰の位相は近いと言えます.通常歩行についての被験者実験ではこの通りだったのですが,「常歩」ではそうではありませんでした.個人差はあったのですが,極端な言い方をすれば,腰は通常歩行と逆方向に回転していました.

左足が接地して支持脚となり,次に後方の右足を前方に振り出そうとすると左足裏は時計回りに回転するモーメントを受けます.このとき腰を反時計回りに回転させようとすると左足裏の時計回りのモーメントはより大きくなります.その結果,体は右方向に向こうとします.この腰の回転方向を逆にするということは,左足裏の時計回りのモーメントを低減することになります.この動作は,「常歩」でよく言われている,支持脚側の腰を前方に押し出す動作と一致します.

もちろん,単純に逆方向に回転させればよいというわけでなく,足の振り出し角度に応じて腰を回転させることが有効になります.そこでヒューマノイドロボットの制御では,足の振り出し角度(ピッチ角)から腰の角度を算出する式を作りました.足裏のヨー軸モーメントは足を蹴りだした直後に大きくなります.ヒューマノイドロボットを使った実験では,足裏に伝わるヨー軸モーメントのピーク値を約30%下げることができました.ちなみに腕を振ることでもヨー軸モーメントを補償することができますが,その効果は約20%に留まっています.

足裏で滑りが生じにくいということは,滑らずに直進できる歩行速度が大きくなったということです.計算してみますと,ヒューマノイドロボットでは約1.5倍の速度まで滑りが生じなくなるという結果を得ました.


■おわりに■

最も大きな関心の1つはエネルギー効率の違いを見つけることです.酸素消費量計測装置などで人間を計測しようとすると,どうしても基礎代謝分の影響を受けてしまいます.ヒューマノイドを利用して純粋な歩行に要するエネルギーの違いを確認できれば大きな進歩と思うのですが,これは現在取り組んでいるところです.

■参考文献■

被験者実験の結果は(1)に掲載されています.腰回旋を利用したヒューマノイドの歩行に関する結果は(2)に掲載されています.

(1) 上田 淳,白榮 健司,池田 篤俊,竹村 裕,小笠原 司,小田 伸午, "股関節の外旋モーメントを利用した歩行及び運動の解析", 第3回福祉工学シンポジウム,pp.85-88, 2003.
(2) 白榮 健司,上田 淳,松本 吉央,小笠原 司,小田 伸午:"常歩(なみあし)に習う腰回旋を利用した2足歩行のモーメント補償"、第9回ロボティクス ・シンポジア,pp108-113, 2004.

また,当研究室にも本研究の解説ページがあります.実験やシミュレーションの動画がご覧になれます.

http://robotics.naist.jp/research/hrp2/index.html