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剣道における「基本」という用語に関する研究 A Study on Usage of the Tern KIHON in Kendo (久留米工業高等専門学校紀要弟8巻弟2号、1992) はじめに
剣道では、指導場面を中心に抽象的な用語が頻繁に用いられている。「攻め」・「気」・「間」・「拍子」など数多いが、「基本」はその代表的なものである。 「基本」という用語は単独で用いられる場合もあるが、「基本動作」・「基本技術」・「基本稽古」というように複合語として用いられることの方が多いようである。しかし、現在、剣道における「基本」という用語の意昧や用いられ方は明確にされてはいない。そこで、本論文では剣道における「基本」という用語の用いられ方を考察し、そこから考えられる問題点を提起することとする。 剣道の「基本」を明らかにするには、多方面からの考察が必要であると思われるが、本論文では、高野佐三郎著『剣道』にみられる「基本」とその後の学校剣道における「基本」の取扱いについての変遷を中心に考察し、最後に「基本」に関する問題を主にその技術的側面から提起することとした。
1、剣道の正科編入過程と「基本」
ここでは、現在の剣道指導法の基礎となっている『剣道』(高野佐三郎著)にみられる「基本」を考察するとともに剣道の正科編入の過程との関わりから「基本」を明らかにしたい。 高野佐三郎著『剣道』では、「基本」は「基本練習」・「基本動作」と表されている。そして、「基本練習」の要旨として次のように述べられている。
基本練習の目的は剣道の基礎となるべき基本的動作を、同時に多人数の生徒に教授し、且之に習熟せしむるに在り。從來剣道の教授法は、師弟相封して個々に教授し、同時に多人数に教ふることなかりき。本練習に於ては同時に数十名の生徒に教授し且つ之を練習せしめて遺憾なきを期せり。(1)
この「基本練習」とは、現在我々が一般に「基本」という場合とは明らかに異なるものを意昧する。現在の学校体育剣道では、「基本動作」・「対人的技能」・「試合」の柱があるが、我々が一般に「基本」という場合には、「基本動作」を指している。高野佐三郎著『剣道』では、同時に多人数の生徒へ教授する方法を「基本練習」といい、そのための動作を「基本動作」としている。よって、ここでの「基本動作」も、現在のそれとはかなり異なっている。内容は次のとおりである。
1.練習の始め 敬禮・抜け刀・構へ 2.練習の終わり 納め刀・起立・敬禮 3.體の固め 體の固め・前進後退する時の足の運び方・體勢調整 4.構方 上段の構・中段の構・下段の構・八相の構・脇構 5.撃方 基礎の撃方 面の撃方 正面撃・左面撃・右面撃 籠手の撃方 籠手撃・巻籠手撃・抜籠手撃 胴の撃方 左胴撃・右胴撃 突方 前突・表突・裏突 應用の撃方 二段・三段の撃方二十種 6、聯關動作 7、形
以上のように、前記の内容はかなり広範囲に及んでいる。特に、「應用の撃方」・「聯關動作」・「形」については現在一般に「基本」として取扱われていない。 また、「基本練習」の要領については、号令を用い体操の要領にて行うとし次のように記されている。
基本練習を行ふには生徒を集め、適宜に距離間隔を開き、教官は中央前にありて動作を説明し模範を示し、然る後號令によりて運動を始めしむるものとす。梢々熟練するに至れば九歩の距離を取りて前後列相對せしめ各列に適宜の動作を授け、號令により各自をして適當なる間合いに進ましめ以って動作を演ぜしむれば一層よく對敵の気勢を發揮せしむるを得べし(聯關動作)。練習の準備として必要なる動作は體操の要領に從い施行すべし次に其大略を示す。(2)
この他、「聯關動作」・「形」についても前記の教授方法を踏まえるよう記されている。ここで、高野佐三郎著『剣道』における「基本」についての特性は次の二点に集約できる。 @「基本練習」とは、同時に多人数の生徒に教授する方法であり、「基本動作」とはその為の動作であること。よって、「基本動作」に「應用の撃方」・「聯關動作」・「形」が含まれている。 A「基本練習」は、号令を用い、一斉に実施され、体操の教授法の影響を強く受けていること。
それでは次に、このような「基本練習」が生じてきた背景を剣道の正科編入の過程から明らかにしたい。明治維新以降一時衰退した剣道も、明治十年代になり、学校でも剣道を始める気運が高まってきた。民間からの武道の学校への採用についての請願運動を背景に、文部省は武道が学校教育において適当であるか否かの調査研究を続けることとなる。明治十六年、文部省は体操伝習所に調査を諮問した。翌十七年の伝習所の結論は、その身体的・精神的価値は認めながらも、危険・粗暴・衛生上不適であり、指導法上学校で行うには難があるという理由で正科とするには不適当とした。 明治二十七・二十八年の日清戦争後になると、大日本武徳会の創立や講道館柔道の隆盛などで、国民の尚武の意識は高まってきた。明治二十九年、文部省は学校衛生顧問会に剣術および柔術の衛生上からみた利害損失について諮問した。これに対する答申は、先の伝習所の答申と同じく、武道を正科とすることについて否定したものであった。 明治三十七年に設置された体操遊戯取調委員会は三十七回にも及ぶ会合をもち、翌三十八年に報告書を提出した。しかしながら、この報告でも、発育発達の見地と指導法の研究不足を主な理由にして従来どおり正科編入は不可とした。 その後、剣道の正科編入の運動は議会でも続けられ、明治三十九年、「体育に関する建議案」が提出され可決された。それでも文部省はすぐには実施に移さず、明治四十一年に最終的建議案が可決されたが、武道は正科必修ではなく事実上随意科にすぎなかった。このように明治十年代から始まった武道の正科編入運動は三十年以上の年月をかけて実を結ぶことになる。このように長い年月を要したのは用具・施設の不備、指導者の不足などが考えられるが、最大の原因は教授法が確立していなかったことである。また、明治期の体育は競技や武術のような激しい運動で身体を鍛えるものではなく、虚弱者を予防し、健康を守るためのものであるという傾向が強かった。このため、明治期の体育は「体操」が中心であった。剣道の正科編入過程で最も考慮されたことは、この教授法の確立と「体操」との調和であったと考えられる。これらの研究の集大成として高野佐三郎は「基本練習」を発表しその後の指導法に大きな影響を与えたといえる。
2、学校剣道における「基本」
明治四十一年、議会において武道の正科編入についての最終建議案が可決された。その後、文部省も規則を改正し、明治四十四年、師範学校規程・中学校令施行規則を公布した。これを機に、剣道は学校体育の正科として発展することになる。ここでは、学校体育における剣道の「基本」の取扱われ方に着目してみたい。
(1)学校体操教授要目
大正二年一月に公布された「學校體體操教授要目」では、剣道及び柔道の取扱いについて次のように記されている。
撃剣及柔術ニ關シテハ別ニ一定ノ方式ヲ示サズ從來ノ方法ニ依リ適宜之ヲ授クベシ (注意) 1、撃剣及柔術ハ其主眼トスル所心身ノ鍛練ニ在リト雖モ特ニ精神的訓練ニ重キヲ置クベシ技術ノ末二奔リ勝敗ヲ爭フヲ目的トスルガ如キ弊ヲ避クルヲ要トス 2、撃剣ニ在リテハ其用具ヲ改善シ柔術ニ在リテハ其身體及精神ニ及ボスベキ危険ヲ豫防スルニ注意シ且ツ撃剣及柔術共ニ適切ナル教授ノ方法ヲ工夫シ常ニ用具ヲ清潔ナラシメンコトニ留意スルヲ要ス(3)
この「學校體操教授要目」では、「別ニ一定ノ方式ヲ示サズ」とあるように、具体的な内容は示されていない。この時期は教授法の研究が盛んに行われている。明治四十四年十一月に第一回、翌四十五年五月には第二回の基本教授法の講習会が開催された。また、大正二年十月には帝国剣道形の講習会が、大正三年七月には基本教授法及び形の講習会が開催された。 大正十五年には「改正學校體操教授要目」が公布されたが、前要目の「撃剣及柔術」が「剣道及柔道」と改められ、教授上の注意として礼節を重じることが加えられているのみで一定の教授方法は示されていない。 この後、昭和六年には剣道・柔道が正科必修となり昭和十一年に「第二次改正學校體操教授要目」が公布された。この要目には、
剣道ノ教授ハ主トシテ、稽古及試合ニ依ルベキモ其ノ基本動作及應用動作ニ就キテハ十分ナル指導ヲナスベシ
とあり、はじめて基本の内容が次のように明らかにされた。
基本動作 ・帯刀姿勢 ・禮法 ・抜刀 ・中段ノ構 ・納刀 ・體ノ運用 ・正面撃 ・右籠手撃 ・右(左)胴撃 ・左(右)面撃 ・前突 ・表突 ・裏突
このように、明治四十四年に正科(随意科)となった剣道もこの「第二次改正學校體操教授要目」により、ようやく教材の内容が明らかにされたのである。
(2)体練科教授要目
「第二次改正學校體操教授要目」公布後、日本は軍国主義へと傾くことになる。体育における遊戯的な要素は批判され、武道が学校教育の中で第一線に現れることになり、従来の体操科は体練科と改められた。体練科は体操と武道の二本立てとなり、初めて小学校児童にまで武道が必修となった。 昭和十七年に「国民學校體練科教授要目」、同十八年には「師範學校體練科教授要目」、そして同十九年には「中等學校體練科教授要目」がそれぞれ公布された。これらでの「基本」は、「禮法」・「構」・「體ノ運用」・「斬突」に整理され、その内容については次のようになっている。
O禮法 ・立禮 ・座禮 O構 ・提刀 ・構刀 體ノ運用 ・前進 ・後進 ・斜前進 O斬突 ・斬撃 面ノ斬撃 右寵手ノ斬撃 右胴ノ斬撃 左(右)面ノ斬撃 ・突 ・二段斬突 ・連續斬突 ・切返
ここで注目されるのは、「第二次改正學校體操教授要目」では中学校をはじめ各種学校において第一学年でのみ「基本」が取り上げられていたが、「體練科教授要目」では各種学校とも全学年で取り上げられていることである。これについて、三橋秀三著『體練科武道』では、
併し注意しなくてはならない事は簡易なる基礎動作、即ち基本動作と云ひ、應用動作と云ふも、從來のそれとはその目的を異にしてゐる事である。 即ち基本動作及び應用動作と云ふも、從來の如くその目的が主教材の準備教材であり、矯正的教材だけであるべきではなく、それ自體が主教材であるのである。言い換えればこの教材は基礎的なものであるからその發展生は十分考えられるけれども同時にこれだけで一應は完成されたものであり、武道の主教材として十分價値のあるものであると云ふ事である。(5)
と述べられている。つまり、主教材としての比重が「基本」に大きく傾いてきたと言える。。
(3)学習指導要領
昭和二十年八月、第二次世界大戦は終了した。同年十一月六日付の文部次官通達によって学校教育における武道は全面禁止となった。これは、正科だけでなく課外の活動も含むものである。しかし、剣道を存続させる努カが払われ、従来の剣道の運動形態を基礎にしスポーツ化を強調した「しない(撓)競技」が案出された。そして、昭和二十五年に「全日本しない競技連盟」が発足し、二十七年には「しない競技」は中学校・高等学校の正科となった。三十二年には「しない競技」と「剣道」を統合して「学校剣道」とし、やがて「しない競技」は姿を消し現在に至っている。本節ではその後の学校剣道における「基本」の取扱い方に着目してみたい。 昭和三十四年の「中学校保健体育指導書」では、「基本動作」は学年ごとに次のように記されている。 〔第一学年〕 基本動作 ・自然体 ・中段の構え ・歩み足、送り足 ・上下振り ・面、小手(右)および胴のうち方 ・左面、右面および受け方 ・連続左右面および受け方 ・正面−連続左右面 〔第二学年〕〔第三学年〕 基本動作 ・面、小手(右)および胴の打ち方と受け方 ・連続左右面 ・正面−連続左右面
ここでは、第一学年と第二、第三学年において「基本動作」の内容に違いがみられるが、第二学年と第三学年においてもその取扱われ方に相違がみられる。ねらいとして第二学年では「第一学年で習得した基礎技能を反復練習しながら高め、さらに、正確な打ち方がよくできるようにする」とあり、第三学年では「剣道の基礎技能をいっそう高め、進んで白由に練習し、試合ができるようにする」となっている。 次に、昭和三十六年の「高等学校学習指導要領解説」をみてみよう。ここでは、「基本」の内容としては明確に記されてはいないが、「基本」と関連が深い記述には、
これまで剣道の基本と考えられた構え・足さばき・打突のしかた(上下・左右・斜め振り・面・小手・胴・突き)などの技能については上記の基本の技能を充実させるための要素として、対人練習に重点をおき、単独動作としての練習は最小限にとどめるようにする。(6)
とあり、対人練習が中心教材として考えられている。そして、昭和四十五年の「中学校指導書」「高等学校学習指導要領解説」以降現在に至るまで、中学校・高等学校の剣道における「基本」の内容は、次に示すようになっている。
〔中学校〕 構え、体さばき、正面・左右面・小手及び胴の打ち方と受け方 〔高等学校〕 構え、体さばき、正面・左右面・小手・胴及び突きの打ち方と受け方
3、剣道における「基本」という用語の用いられ方
本章では、前章までの「基本」についての取り扱われ方と剣道の技術を考察しながら剣道における「基本」という用語の用いられ方を明らかにしたい。 現在「剣道」という場合は、競技としての剣道を指すことが一般的であるが、運動競技として存在する以上、その一次的目的は勝利を得ることである。剣道競技において勝利を得ることは、「相手から有効打突を加えられることなく、相手に対し有効打突を加える」ことである。ここでの剣道の技術は一般の競技スボーツのそれと同様である、しかしながら、剣道の技術の特性はその発達過程に超因するところの複雑性にある。剣道の起源は平安中期の日本刀の発現にさかのぽる。その後、様々な刀法が生まれたが、江戸時代になり木刀を用いた形稽古が中心となり、中期以降、竹刀を用いた稽古を始めたことから竹刀と防具を用いた剣道が主流になり現在に至っている。そして、日本刀から木刀・竹刀とその武器(媒介)が変化してもそれを日本刀の代用として取扱うところに剣道の技術の特性がある。現在の剣道競技においても日本刀の操法から受け継がれた技術と竹刀独自の技術が混在しており、剣道の技術の解明の妨げになっている。これら技術の複雑性を加昧しながら現在の剣道の「基本」という用語の用いられ方を整理してみたい。
(1)技術の基礎としての「基本」 これは、剣道の「基本」の中で中核を成すべぎものである。技術の習得には、その前段階において技術の基礎となるべき動作や姿勢の習得が不可欠である。現在、学校体育剣道で示されている「基本動作」がこれである。それだけでは技術とはいえないが、剣道の技術を支えているものと言える、
(2)補助・補強運動としての「基本」 これは、主に「素振り」・「切り返し」等の稽古法についての「基本」の用い方である。これらは剣道の技術ではないが、技術を修得するための効果的な修練方法という補助運動的なとらえ方ができる。また、技術の習得に必要な体カを養成するねらいもあり補強運動としてもとらえることができる。
(3)理想とされる型としての「基本」 先に述べたように、剣道はその発達過程で「形」という稽古形態を経ている。現在ではしない打ち剣道が中心であるが、「形」稽古も重視されている。「形」は剣道競技の有効打突の基準にも大きな影響を与え、相手を打つという結果だけではなく、いかに打つかということが有効打突の基準となっている。これは、全日本剣道連盟試合規則に「適法なる姿勢」と記されている。そのために、剣道の稽古においては一定の型(フォーム)を形成することが求められる。この理想とされる型(フォーム)を「基本」ととらえることができよう。
(4)一斉指導としての「基本」 高野佐三郎著『剣道』での「基本練習」とは、同時に多人数に教授する為の教授法をさすものであった。この「基本」の用いられ方は現在でも根強く残っている。しかし、これは運動技術の側面からとらえたものではなく剣道の正科編入過程における教授法の研究から生まれてきたものである。
(5)統一化された行動様式としての「基本」 学校剣道における「基本」の変遷でも述べたように「体練科教授要目」また、現代の剣道指導書でもほとんどのものが、礼法を「基本」としてとりあげている。礼法は、当然技術ではなく、また、技術の基礎とも言いにくい。礼法や道具の付け方等を統一化された行動様式ととらえることができる。
前記の(1)・(2)は、一般に競技スポーツでの「基本」の用いられ方であるが、(3)・(4)・(5)は剣道における「基本」の特性を示すものであり、他の競技スポーツでは取り上げられにくいものである。
4、剣道の「基本」に関する諸問題
現在の剣道における「基本」という用語の用いられ方を考察することで、剣道の「基本」の特性、つまり剣道の特性が明らかになった。ところで、剣道の「基本」に関して看過してはならない問題がある。それは、「基本打突」といわれている打突法の機能と技術の中核ともいえる「攻め」、それらと「基本」との関わりである。
(1)基本打突の機能
まず、一般に「基本打突」といわれている動作について考察したい。「基本打突」とは、普通、面打ち、(右)小手打ち、胴打ち、突きの四種をいう。指導書によっては左右の面打ちを加えている指導書もある。この「基本打突」とは
○正面打ち−「しない」を頭上に振りかぶり、真上から右足を踏み込みながら打ちおろす。 O左右面打ち−正面打ちと同じ要領で振りかぶり、約45度の方向の斜め上から右足から 踏み込んで打ちおろす(7)
というように、竹刀を頭上まで振りかぶっての打突動作をさす。そしてかなり技術に熟達した段階でもこの「基本打突」は重視される、しかしながら、実際の稽古や試合の場面で前記のような「基本打突」が現われるのは稀である。「基本打突」は、現在のように競技化された剣道においてどのような意昧を持つのか、ここでは、「基本打突」を理想とされる型としての「基本」としてとらえ問題点を探ってみたい。 運動の技術は、合目的性・経済性を要求されるものであるが、この点からいえば「基本打突」は技術的に低い段階にあるといえる。剣道の打突における効率のよい技術とは竹刀を振りかぶらず、竹刀の打突部を直線的に相手の打突部位に移動させる方法であるといえる。しかし、一般にこのような打突は高く評価されない。剣道の一つの特性がここにある。その技術には、結果だけでなく過程を重視する求道的ともいえる技術の要素が多分に含まれている。試合においても、審判は打突技術の過程をも見極めて有効打突を判定しているはずである。即ち剣道関係者には個人差があるにしても打突動作について共通した理想の型(フォーム)が存在する。「基本打突」は、この理想とされる型としての機能を持っているといえる。 突き詰めれば非常に抽象的でしかないこの理想とされる型をいかに判定するかが、現在盛んにいわれている試合偏重の問題を解く鍵である。
(2)剣道における「攻め」と「基本」
剣道においては抽象的な用語が多く用いられているが「攻め」は「基本」と同様にその代表的なものである。剣道の技術は芸術的な技術を多分に含んだ対人技術である。対人技術とは、個人の動作や運動だけでは成立せず、相手との関係において成立する技術である。つまり、現在の剣道競技の運動は、「相対した関係で、お互いの定められた打突部位を竹刀により打ち、突き、かわすという相互作用である」といえる。その運動課題は、「打突されまいとし、打突しようとしている相手を打突する」ことである。ここから、剣道における「攻め」とは、「打突されまいとし、打突しようとしている相手」を「打突することができる相手」に変化させることであるといえる、剣道の指導における最大の間題点は、この「攻め」についての客観的法則がないことである。 それでは、剣道における「攻め」を柔道における「崩し」と「作り」と比較してみよう、柔道の技術原理は柔道の定義とされる「心一身のカを最も有効に使用する道」に包括されるが、最初は、単独に「崩し」・「作り」・「掛け」をさしていた。「崩し」とは相手を技を掛けやすい不安定な状態に崩すことであり、自分が技を施しやすい位置と姿勢をとることを「自分を作る」という。「崩し」はまた「相手を作る」ともいい、この「自分を作る」と「相手を作る」をあわせて単に「作る」ともいうようである。これらと、「崩し」、「掛け」の技術の基本原理は嘉納治五郎が乱取りの中から発見したものである。そして注目すべきは、現在、柔道においてこの「崩し」と「作り」が「基本」としてあつかわれていることである。いうまでもなく、この「崩し」・「作り」は、剣道における「攻め」に相当するものである。剣道においても、相手を崩し、同時に自分が打突できる体勢を作ることが「攻め」であるといえる。 残念なことに、剣道は柔道のようには「攻め」に関して客観的な分析が成されていない。剣道の場合、柔道のように自分の力が相手に直接作用しにくいこともその原因の一つであろう。しかし、三橋秀三は剣道の「攻め」について客観性を持たせる試みとて次のように述べている。
剣道は攻防の競技であるから広い意昧の攻撃動作と防御動作から成立し、攻防一体として行われるものである。したがって、しかけわざ、及び、応じわざは勝敗を決する攻防であるが、ここでは、打突する部位にすきをつくらせるための攻めとその防御、及び、間合いを有利に導くための攻防について述べる。攻めわざにおける攻めと間合いにおける攻めとの相違は、前者は打突の手段としての攻めであり、後者は相手の構えを崩して、間合いを有利にとるための攻めである。動作としては前者は攻めからつづいて打撃動作に移るのであるが、後者は攻めから元の構えに復する。(8)
このように、「攻め」を「打突する手段としての攻め」と「間合いにおける攻め」に分け客観性をもたせようとしている。しかし、これ以上の分析はなされていない。「基本」と深く関わる「攻め」の解明は、今後の剣道における重要課題の一つであるといえよう。 むすび
剣道における「基本」という用語の用いられかたについて高野佐三郎著『剣道』を中心に主に学校体育剣道の「基本」の取扱い方から考察を進めた。 剣道における種々の間題を考えるにあたっては、その歴史的変遷に起因する複雑性に着目しなければならない。相手を殺傷する実用術として発生した剣道も、その後、多様な目的のもとで行われ、大戦後は急速に競技化して今日に至り、現在では「競技剣道」という言い方も定着している。そして、剣道の技術の特性は、その目的の変化の複雑性だけでなく「日本刀」・「木刀」・「しない」という武器(媒介)からくる複雑性でもある。また高野佐三郎著『剣道』でみたように教授法が大きく変化している。 このように、目的・武器(媒介)・教授法の変化は剣道の「基本」にも影響し「基本」という用語の用いられ方も一般の競技スボーツに比して複雑になっている。剣道は、身体運動の文化であるにしても、精神主義に陥らない為には、その中心は身体運動の技術でなければならない。「基本」の問題に限らず剣道の種々の問題の解決のためには今後剣道の身体運動としての技術の体系を明確にしなければならない。
注釈 (1)高野佐三郎『剣道』(一九一五年、良書普及会)三七頁 (2)同前三九頁 (3)「學校體操教授要目」(一九一二年、文部省、『学校体育制度史』)一二九二頁 (4)「第二次改正學校體操教授要目」(一九三六年、文部省、『学校体育制度史』)一三四一頁 (5)三橋秀三『體練科武道』一〇頁 (6)「高等学校学習指導要領解説」(一九六一年、文部省)一六〇頁 (7)湯野正憲他『剣道指導ハンドブック』(一九七六年、太修館書店)二八頁 (8)三橋秀三『剣道』(一九二七年、大修館書店)一二七頁 〈参考文献〉 1、中林信二『武道のすすめ』(一九八七年、中林信二先生遺作集刊行会) 2、重岡昇「形は稽古のごとく、稽古は形のごとく」(一九七九年、剣道日本、スキージャーナル) |